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宗教の勧誘がしつこいから色々調べてたらこんな本に出会いました

困ってます。

毎週土曜日になると来る宗教勧誘に困ってます。

 

もちろん基本は居留守してますが、居留守をすると毎週毎週来ちゃうんです。

 

ちょっと前に1度応対して「結構です」って言ってドアをバーン!と勢い良くしめたらしばらく来なかったんですが、最近になってまた来はじめました。

 

ネットで「宗教勧誘 しつこい」とかで調べると、被害報告が出るわ出るわ。やっぱりどこでも一緒なんですね。

 

で、ネットで調べてる最中にこんな本を見つけました。今回はこの本の読書感想文ですね。ほぼ。

 

 

「よく宗教勧誘に来る人の家に生まれた子の話」

親の影響で子供のころからエホバにほぼ強制入信させられた方の実体験を元にしたノンフィクションのマンガです。

 

あれもダメ、これもダメ、ああしろ、こうしろと

厳しい教団の戒律にしばられて「普通」ではない子供時代を過ごしてきた作者の

誤解を恐れずに言えば告発本です。

 

これがリアルな宗教団体の現実なのか…ううっ、なんとも生々しい。

 

単純に感想を言えば「怖い」ですね。身内にこういう人間がいたらと考えるとゾッとします。

 

布教に来てる人に対する私の誤解

毎週土曜日に私の家に来るあの2人と、作者が入信させられた宗教が同じかどうかは知りませんが

仮に同じだとすると私は彼女らに対して誤解をしているということになります。

 

この本を読むまでは普通の会社みたいに「今日は○人入信させろ!」みたいなノルマがあるんだと思ってました。

 

営業ノルマに追われてヒイヒイしている2人が突然家にやってきて

名前も名乗らず、家主の都合も聞かず、自分の用件をベラベラしゃべる

って寸法だと思ってました。(どこかの国の日本放送協会みたいな感じで)

 

が、しかしこの本をよむ限りそうではなさそう。

イヤイヤやっているというよりも、布教を自分の使命としてやっている感じ。

 

「この教えを世界に広めて、一人でも多くの人を救わなくちゃ!!」

っていうように勧誘される側の利益になると信じて、親切心でやっていることみたいですね。

 

ま、その宗教を信じてない人間からしたらいくら親切心でも

迷惑なものは迷惑なんだけどね。

 

信じるか信じないかを選べる自由があるだけマシ

この本を読んで一番思ったのがコレ。

 

玄関でチャイムをピンポン鳴らされて、信者と話をすることになったとしても

私はそこで信じるか信じないか「選択」できるんですよ。

 

信じるなら「その話もっと聞かせてください!」って言えばいいし

信じないなら「帰ってください!」って言うか、居留守を使えばいいんです。

 

しかしですよ、作者のように親が熱心な信者だったら生まれた瞬間からその宗教を「信じる」一択になってしまうわけです。

 

しかも「なんかおかしいな」「まわりと違うな」「イヤだな」と感じても子どもだから親から逃げることもできずに八方塞がりというたちの悪さ。

 

作者も「選択」することができたなら、もっと友達と泣き笑いして楽しい子供時代を過ごせていたのかもしれませんね。ただの一読者ですがどうかこれからは幸せに暮らせることを祈ります。

 

強制的に入信させられた子どもを助けることはできんのか?

すべての2世がこのマンガのような状況下に置かれているとは限らないけれども、こういう信仰の自由を侵害されている子どもってどうにかできないものかね。

 

少なくとも作中のように「教えに反したから鞭打ちの刑」とか暴力的な行為があった場合になんとか児童相談所関係が保護できないんですかね。

 

第三者が気付いてあげないと難しいか...

 

しかも

親の方は「子どものためだから当たり前」

子どもの方は「教えに背いたから当たり前」

という意識が双方に刷り込まれているからより厳しくなるのかなぁ~。

 

まあ私1人が何を書こうとどうなることでもないし、どうすることもできないわけですが...胸くそ悪い。

 

で、ひとつ気になる点がありまして

作者母親「なんで(応援合戦の練習への参加)をしちゃいけないか わかった?」

作者「エホバは暴力的な行為を嫌っておられるから」

(69ページより引用)

 

組織が配布する聖書には

「(中略)少年から懲らしめを控えてはならない。あなたが鞭棒でこれ(愚かさ)を打ちたたくなら、彼は死なないであろう」

(63ページより引用)

盛大に矛盾しちゃってるねぇ~。う~ん?

 

俗世の者より、信者の方へ

日本国憲法は信仰の自由を保障しています。どうぞ自分の好きなものを信じて生きてください。

 

しかし、それを周りに押し付けてはなりません。あなたの家族や友人にその宗教のルールを守ることを強制してはいけません。

 

あなたはその宗教の教えを素晴らしいと感じるかもしれませんが、誰しもがそう感じるとは限りません。

 

そして布教で家庭を訪問する際はマナーに気をつけてください。

事前の連絡なしに他人の家に行くという行為自体、相手にとって迷惑であることを理解してください。

 

その上で訪問するのであればまず挨拶をし、所属団体と自身の名前、用件を伝え

「いまはご都合がよろしいでしょうか?」

と相手側の都合を確認してください。

 

突然見ず知らずの人間が玄関に立っていて、自己紹介もなしにベラベラと話をされるのは不愉快極まりないです。

 

そして「結構です」「イヤです」「不要です」などこちらが拒絶をした場合にはそれ以降の訪問をやめてください。

 

あなたはもしかしたら親切心で訪問をしているのかもしれませんが、それは俗世では「ありがた迷惑」といいます。

 

私はあなたが信じる宗教を否定するつもりは一切ありません。しかし過度な勧誘はあなたの信じる宗教のイメージを落とすだけです。

 

ぜひ節度ある布教活動をお願いします。互いが互いの信じるものを尊敬できるように。

 

まとめ

どういう環境に生まれるかというのは完全に「運」としか言いようがないです。残念ながら。

 

作者のような環境下で育った方からしたら

「お前に何がわかる!」でしょうけど

私もね、ま、ある意味で宗教じみた家で育ちましたよ。

 

親に従順でなければならないという点では、ね。

ikanosuminaga.hatenablog.com

という露骨な過去記事宣伝をしまして、今回はおさらばです。