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1/2成人式を経験したおっさんが感じる違和感

おとといは成人式でしたね。新しく「大人」の仲間入りをしたみなさん、どうか私のようにフリーターからの無職みたいにならないでください。

 

さて、最近は成人式の10年前に1/2成人式という謎の儀式がある小学校も多いんじゃないでしょうか?

 

まあ私が通っていた小学校でもあったわけです。

 

その当時は

 

「まあ、そういうものか」

 

と思って、学校行事の一つとして受け入れていたわけですが

 

今になって考えてみれば

 

「ちょっとおかしくね」

 

って思ったので

 

ちゃんとまとめられてない状態ですが記事にしときます。

 

ホントはおととい書きたかったんだけれどもね。来年の成人式あたりでだれか読んでくれないかな。

 

 

学校から「感謝せよ」と強制される

この1/2成人式が開催される目的は大体の場合で

 

「親へ感謝を伝えよう!」

 というものです。

 

出し物を考え、練習し、親の前で発表

手紙をしたため、親の前で読み涙を誘う

という流れです。

 

まず1/2成人式には

・「この教室にいる全員が親に感謝をしている」という前提で

・「親に感謝をするのが当たり前だ」という思想を学校が刷り込んでいる

 という2つの問題があるわけですな。

 

前述した手紙に関しては

 

「朝早くから食事を作ってくれてありがとう」

「私が学校に行くために働いてくれてありがとう」

 

などなどこういうことを書くわけですよ。

 

感謝しているかどうかは別として、学校が言うから、義務的に。

 

まぁ朝早くから食事を作るのは大変でしょう

毎日会社に行って働くのも大変でしょう

 

それは分かるんですが、なら

・食事を作る大変さは家庭科で

・仕事をする大変さは社会科や総合的な学習の時間で

勉強したらいいわけです。

 

その上で

「いつも親はこんな思いをしているのか、感謝感謝だな」

と子どもが自発的に「感謝」をするようになるのがゴールなはず。

 

なぜ学校が

「親には感謝をするものです。さあ、感謝の気持ちを伝えましょう」

と強制するんでしょうかね?おかしくね?

 

 

もっと言えばこれ虐待を受けてる子どもからしたらどうなんでしょう?

 

先生の検閲や、まわりの空気感を考えれば間違っても

「私の親は気に食わなければ私を殴るクソ野郎です。死んでも感謝などするものか」

などとは書けないわけです。

 

そう行った中でなんとか書くのって苦痛ですよ。

 

この世の中には少なからず虐待を受けている子供がいるわけですから、やっぱり配慮が必要なのですよ。

 

虐待はないにしても過保護系毒親に育てられた人はどうでしょう?

ikanosuminaga.hatenablog.com

 

まあ私はこういう親の自己満足を子どもが満たす系の家庭に育ったわけですけども。

 

これでも私は学校教育が言うように親に感謝しないといけませんかね?

 

親からは「お金を出してるんだ感謝しろ、言うことを聞け」といわれ、学校でも親には感謝するものだと言われ...

 

で、仕方なく親の言うことを聞かないといけないわけです。

少しでも親の意向と違うことをしようとすれば「言うことを聞け、親に感謝しないのか?」と

(いや、まあね、純粋無垢に学校教育や親の言うことを信じ切ってた私が悪いのだけれどもね。)

 

今はまあ親の意向とは完全に違う方向にいるわけですが...

 

お金をかけて育てた→感謝しろ→言うことを聞け

みたいなことを強制される家庭に感謝は不可能ですね。

 

なのにいかなる場合も親への感謝を強制する1/2成人式はいかがなものか?

 

というお話でした。まとまってねぇ~な